勤労感謝の 一日
「というわけで、僕は今日一日働かないぞもふもふ!」
「何を言っているのですかノアくん」
朝食の時間になっても食堂に降りてこないノアくんを呼びにきたわたしを、こんな一言が出迎えたのでした。
* * *
取り急ぎ、簡潔に自己紹介をば。
わたしの名前はもふもふ……ではありません。旅の商人、ファーニ・モフモと申します。ワゴンに商品を積んでの簡易移動型商店ではありますが、取り扱う品の種類と質には自信があります。モフモ商店ののぼりを見かけた際にはぜひご愛顧賜りますよう、お願い申し上げます!
わたしは仲間たち――僧侶のネフィちゃん、木細工師のアラくん、そして魔法使いのノアくんの四人でいろんな場所をゆるっと旅しています。今、滞在しているのはホーリデという名の自然豊かな小さな街です。このところ、街の近くにちょっとした魔物が頻出しているのが悩みの種だそうで、わたしたちも――戦闘能力が優れたパーティとは言えませんが、わたしたちなりに討伐依頼のクエストをこなしながらがっつりと一攫千金、もとい、街の皆様の安全のためお役に立とうと意気込んでいたところです。
そして一夜明けて、朝の一幕へと話は続くのですが、
「勤労感謝の日って知ってるか?」
「ええと、聞いたことはあります。この地方の祝日ですよね」
いまだに寝間着姿でごろごろしているノアくんの質問にわたしは答えます。
「そう! 十一の月、第四の週の祝日! つまり今日だ」
「ははあ、そうだったのですか」
「というわけで、僕は今日一日働かないぞもふもふ!」
「だから、どうしてそうなるですか!」
たとえ世の中が休日でも冒険者がお休みするとは限りません。それは今までの旅の中でノアくんもよくわかっているはず。むしろ祝日ともなれば猫も杓子も商売のチャンス! こんな商売日和に働かずごろごろなんてしていいわけがありません!
「勤労感謝とはすなわち、勤労に感謝し勤労に励む日のことですよね! そうに決まってます! さあノアくんもさっさと起きて着替えて朝ご飯を食べて魔法使いとしての職務を全うするのです! 働くのです!!」
「ちょ、違、話を最後まで聞け……ぎゃー! 布団をはぐな! 寒い! 助けてー!」
「まあまあファーニ、ひとまずはそのへんにしといておやりよ」
その声に振り向くと、部屋の入口でネフィちゃんが苦笑混じりにわたしとノアくんの攻防(一方的)を見守っていました。その後ろからひょこっと顔を出すアラくんの姿も。
「もー、二人とも遅い! 朝ごはん冷めちゃうぞ!」
アラくんがむーっと頬を膨らませます。お腹がすいているだろうに、わたしたちが揃うのを待っていてくれたようです。
「話の続きは朝食をいただきながらにしようじゃないか。ノアも着替えて降りておいで」
* * *
「つまり、勤労感謝の日とは働かなくてもいい日、ということなんです?」
わたしはソイソースをたらした目玉焼きをつつきながらそう尋ねました。
「もう少し厳密に言うと働いてはいけない日、だね。今日はどこの店も閉まっているし、もちろん冒険者への依頼紹介所もお休みさ。趣味や休養のために一日を使うことを義務付けられているんだよ」
優雅な手つきで切り分けた目玉焼きにぱらりと岩塩を振りかけ、口へ運びながらネフィちゃんが教えてくれます。
「ほら、僕が言った通りだろ?」
「ノアくんがこの街に寄りたがっていたのは、これが目的だったのですね……!」
ふふんと勝ち誇るノアくんのしたり顔に、わたしはぎりりとフォークを握り締めます。くっ、確かにわたしのリサーチ不足でした。ケチャップをこれでもかと目玉焼きにかけ、それを乗せたトーストにかぶりつくノアくんを睨みつつ、わたしは何も言い返せません。
「でも宿屋のおっちゃんはおれたちの朝ごはん作ってくれたよな? これは仕事じゃないの?」
目玉焼きに何もかけないまま、アラくんは一口でぺろりとたいらげます。さすが素材の味を愛するアラくんらしい、豪快な食べっぷりです。
「そのあたりは何も知らずに訪れた旅人が食うに困らないよう、配慮してくれているんだろうねぇ」
なるほど。義務といえどそこまでがちがちの規則ではないようです。
「わかったか、もふもふ! そんなわけで僕は働かない! 今日は一日中部屋にこもって積み魔道書を読み漁るんだ!」
「わ、わかりましたよぅ」
「ふっふふふ、どれから手をつけようかなあ……ああなんて幸せな一日なんだ」
声高に宣言するノアくんに悔しさはありますが、仕方がありません。冒険者たるもの、その土地の習わしや決まり事にはできるかぎり則っていたいですし。
そういえば、丸一日の休日なんて本当に久しぶりかもしれません。それを考えるとノアくんの言い分もまあ、理解できなくもない、です。
わたしは何をして過ごしましょうか。がらんと空いてしまった今日の予定をどう埋めるべきか……普段できないこと、時間を見つけてやりたかったことを頭の中で探しながら、わたしは窓の外を見つめて思いを馳せました。
* * *
そして馳せた思いはあっさりと霧散しました。
「ごめんなさいネフィちゃん、付き合ってもらっちゃって……」
「何、構わないさ。こうしてのんびりと公園を散歩するのも良い休日の過ごし方だよ」
えー、つまり、何も思いつかなかったのです。良い、休日の、過ごし方が。
食事を終えても椅子に座ったまま、ひたすら貧乏ゆすりを繰り返すわたしを、見かねたネフィちゃんが散歩に誘ってくれたのでした。ワゴンを押さない両手がどうにも軽くて落ち着きません。
「こ、こんなことなら昨晩に済ませた帳簿の整理を今日に取っておくべきでした……!」
「ふふ、仕事ができないことで、逆にストレスがたまってしまいそうだねぇ、ファーニは」
ここに来る道すがら見かけたお店はどこもかしこも閉まっていました。辺りを見渡しても、みんな思い思いに休日を楽しんでいます。
「こんな日にもし魔物が現れたらどうなってしまうんでしょう」
思わず浮かんだ不安を口にすると、
「その時はもちろん自警団やワタシたち冒険者が臨時に対処するだろうさ。けれど不思議なことに、今日の祝日に魔物が暴れたことは一度もないそうだよ」
「な、なんて空気が読める魔物たちなんでしょう!」
驚きつつも、わたしの心にわずかに焦りのような感情が生まれます。だって魔物ですら休日を満喫しているというのです。
「ネフィちゃん! あの、わたし、昔から商人になるための勉強ばっかりで、今日も急に休みだと言われて何をしたらいいかわからなくて……! やっぱり仕事以外の趣味とか作ったほうがいいんでしょうか?」
「そんなに思い詰めることはないよ、ファーニ。仕事が好きでそれに誇りを持って生きているのは素晴らしいことなのだからさ」
微笑みながら、ネフィちゃんはぽんと優しく肩を叩いてくれます。
「けれど確かに趣味は人生を豊かにするものだよ。そうだねぇ……読書は好きかい?」
「経理関係やお客様へのマナー講座、商品への見識を深める類のものでしたら!」
「うーん、ファーニは料理ができるだろう? もう少し凝ってみるというのは」
「まずは費用対効果! 手間と材料費と量と日持ちと……あ、調味料や調理器具も必要ですしね。そのあたりを天秤にかけて、外食か自炊か判断しています!」
「他には……ああ、そうだ。服なんてどうだい?」
「服、ですか? 作ったことはないです……」
わたしの服装はシンプルなブラウスとロングスカート、そしてエプロンです。清潔さを保つよう気を遣ってはいますが、ネフィちゃんの目にはまだ改良の余地があるということでしょうか。確かにポケットの数を増やしたり、もっと機能性を重視して……、
「ああ、そうじゃなくて、純粋にオシャレを楽しんでみたらどうかって話さ。ほら、あの子たちみたいに」
ネフィちゃんの示す先には、秋物のお洋服をかわいらしく着こなす女の子たちが連れ立って歩いていました。茶系でまとめた帽子にコート、くるくると巻かれた長い髪が揺れて、軽やかに石畳を鳴らすヒールの靴。でも、その女の子たちの姿と自分とがどうしてもうまく重なりません。
「わ、わたしには似合わないと思います! あ、あんなヒールの高い靴で歩ける気がしませんし!」
「おや、ワタシの見立てが信用できないのかい?」
「も、もう! ネフィちゃん、わたしのことからかっているでしょう!」
わたしがむくれると、ネフィちゃんはちょっと申し訳なさそうに笑います。
「すまないねぇ、ファーニがあんまり照れるものだからつい」
そう、決して興味がないわけではなく、でもやっぱり気恥ずかしいのです。図星を突かれたわたしはいっそうムキになります。
「わたしはどうせならネフィちゃんにかわいい格好をして欲しいです! ネフィちゃんがオシャレしてください! そのほうが目の保養になりますから!」
「ふむ、それは名案じゃないか。お互いに見立てた服を着てみるのも楽しそうだ。ああ、でも露出は控えめのものでお願いするよ」
話題をそらそうとした苦し紛れの一言でしたが、意外と乗り気なネフィちゃんの様子に、わたしも内心ちょっと楽しみになってきてしまいます。が、ふと財布の中身を思い出し、
「まずは二人分の洋服を買うための貯金からですね……」
「ふふ、全くもってその通りだ。道のりは長そうだねぇ」
* * *
そろそろ陽も高くなり、お腹がすいてくる頃合いです。そういえば、今日は食堂もお休みのはず。お昼ご飯はどうしましょう? と、頭を悩ませたところへアラくんがノアくんを引きずりながらやってきました。
「あっちの広場で食べ放題やってるんだ。肉も野菜もあるしみんなで食べに行こう!」
頑として部屋から出ようとしないノアくんも本ごと引っ張り出して連れてきたとのこと。正に渡りに船です。わたしとネフィちゃんも一緒に、早速広場へと向かいます。
広場は既に美味しそうな匂いに包まれ、料理を味わう人々で賑わっていました。やはりこの祝日に街を訪れた旅人が食事に困らないようにと、振る舞われている料理だそうです。料金は無料、作っているのは街のボランティアの人達だとか。
お肉にお野菜にお魚のバーベキュー、街自慢の郷土料理やデザートまで堪能してお腹をいっぱいにしたわたしは……なんでしょう、食欲が満たされたからなのか、こんな美味しいご飯を無料でいただくのは忍びないという思いがあったからか。肉を焼くボランティアのお姉さんの元にふらふらと歩み寄り、こう叫んでいました。
「あの、わたしにも手伝わせてください! 働きたいのです! 労働の対価たる賃金の計算はどうしても脳内で行ってしまいますが、決して本当にお代をいただいたりはしませんので! なにとぞ! お願いします!」
「はあ?」
「ど、どうしたんだい? ファーニ」
「お、ファーちゃん何かやるの? おれもやるー!」
呆気に取られるネフィちゃんとノアくんをよそに、「仕事を、お願いします仕事をください」と、とうとう土下座まで始めたわたしは、アラくんと共に見事(強引に)肉を焼くボランティアのお仕事を勝ち取ったのでした。
「ファーちゃん焦るなよ。肉の焼き加減はタイミングが全てだ。早すぎても遅すぎてもだめ。一瞬を見極めるんだ!」
「はい! アラケル先生! ご指導お願いします!」
「よろしい! まず大事なのはスマートに肉をつかむこと。そのためには正しいトングの持ち方と手首のスナップを……」
「……なあ、ネフィ。もふもふの奴、ちょっと
「ファーニは商人として働いているときが一番活き活きとしているからねぇ。仕事だ趣味だと無理に分ける必要なんてないのかもしれない。結局のところ、好きなことをするのが一番楽しいってことだろうさ」
うわぁ物好きな奴、僕は趣味の時間も大事にするからね、というノアくんの呆れ混じりの呟きも、仕事好きはいいけれど体調だけは気を付けて見ていてやらないとね、というネフィちゃんの苦笑もわたしの耳に届くことはなく、アラくんとわたしは日が暮れるまで何十枚、何百枚とひたすら肉を焼き続けたのでした。
* * *
「僕は休日が欲しかった。それは間違いない。だが、もふもふに仕事をさせなかったことについては後悔している。もう二度とそんなことしないから好きなだけ働いてくれ……」
我がパーティの魔法使いノアくんは、後にそう述懐したとのことです。
久しぶりの休日を満喫……満喫? なんとかやりすごしたわたしは、日付が変わった瞬間にワゴンを引いて夜の街へと繰り出し、商店を開こうとしました。その時はみんなに宥められて連れ戻されたものの、翌朝から丸一週間、ほぼ休みなしでクエスト消化の鬼と化して、みんなを巻き込みながら働き通してしまったのです。たった一日の休日の反動がここまでのものになってしまうなんて……。
はい、反省しています。さすがに疲れ果てましたしね……。ノアくんには、
「一晩寝ても魔力が全快しないんだけど!」
と泣きつかれ、ネフィちゃんは、
「医者の不養生とは格好がつかないねぇ」
と体力回復魔法のフル稼働で逆に疲れさせてしまい、アラくんにも、
「ファーちゃんちょっとやりすぎだよ。一度頭冷やそう」
と真顔で諌められました。
……はい、本当に反省しています。みんなにも迷惑をかけてしまいました。ただ、こなしたクエストの報酬金のおかげで、財布はずっしりと重みを増したのでこれはこれで悪くないというか、つい口元が緩んでしまったりもするのですが。
さすがに今は通常運転に戻りました! 相変わらず各地を旅しながら、オススメの娯楽小説を教わって読んでみたり、肉の焼き方を復習したり、たまに、本当にたまーにですが、流行のかわいい洋服屋さんを遠巻きに眺めたりもしています。ちょっとお財布に余裕があったので、みんなの慰労のために温泉宿に泊まったりもして。そんな、仕事の合間に少しずつ別のことを挟んだ毎日も、なかなか楽しいのかもしれません。
というわけで、こんなありきたりな一言で締めさせていただこうと思います。
何事もバランス。仕事も休みもほどほどが一番!
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