もふもふ、商人やめるってよ

表紙


「皆さんに、大事なお話があります」
 宿の一室にて思い思いにくつろいでいるのは、わたしの三人の仲間達。その前に立ち、神妙な面持ちで彼らをゆっくりと見回すと、わたしは大きく息を吸い込んで――高らかに宣言しました。
 言い終わるとわたしは踵を返し、一同の視線を背中に感じながら、扉を開けて出ていきます。
「……ファーちゃん、今何だって?」
 きょとんと不思議そうに尋ねる声。
「どうにも信じ難いけれど、はっきりと聞こえたねぇ」
 落ち着いた、でも驚きを含んだ声が続きます。そしてどこか呆然とした静かな声が、わたしの宣言の内容を復唱しました。


「もふもふ、商人やめるってよ」


          * * *


 うふふふふ、みんなびっくりしてます? びっくりしてますよね? これは大成功と言ってもいいのでは!?
 わたしは聞き耳を立てるために張り付いていた扉から離れ、廊下の真ん中で小さくガッツポーズをしました。
「はぁ……まだドキドキしてます。嘘をつくのってこんなに緊張するものなんですね」
 普段は嘘などほとんどつかないので、余計にそう感じるのかもしれません。何せ『お客様には常に誠実な対応を!』が我がモフモ商店のモットーなのですから。
 そう、わたしはモフモ商店の商人、ファーニ・モフモという者です。先ほど部屋にいた三人の仲間と共に旅をしながら商いを営んでおります。愛用のワゴンに商品を積み込み、訪れる先々でその土地の特産品を仕入れ、モフモ商店の移動式店舗としてお客様に品物をお届けする、素晴らしき日々……。エンジョイ商人ライフ!
 え? さっき商人をやめると言った? とんでもございません! モフモ商店の跡取り娘として生まれてこの方十六年。商人以外の人生など考えたこともありませんから!
 まあつまり、先ほどのわたしの大仰な宣言はまるっと嘘、ということになります。いえ、決して悪意からついた嘘ではないのです。
 この地方には『エイプリルフール』、嘘をついても良い一日という風習があるのです。それを知ったのは朝食後に一人散歩に出て、現在滞在中のラーイの街の人とお話しした時のことでした。最初はわたしも驚きましたし、人を騙すことに抵抗もあったのですが、街の様子を見ていると、平穏な日常にちょっとした刺激とスリルを、という趣旨の催しのようなのです。各々ユーモアのセンスを競い合いながら、全力で冗談を楽しむお祭り。浮かれた雰囲気にだんだんとわたしも乗り気になり、みんなをびっくりさせる嘘を考え抜いた結果、やっとのことで出てきたのがあの、
「本日をもって、わたしファーニ・モフモは商人の職を辞すことにいたしました!」
 という宣言だったのでした。
 街の人達と違ってこの風習を知らないみんなを騙すのはフェアじゃないのでは、と悩んだりもしたのですが、最近みんなちょっと出費がかさんでいましたし、これを機にわたしの日々のやりくりの大変さを少しでも考えてくれれば、という目論見もあったりします……。うふふ、みんなに「ファーニは最高の商人だ! このパーティに必要な人材なんだ! だからやめないでくれ!」って引き止められちゃったりしますかね。うふふ。
 ニヤける顔を必死に誤魔化しつつ、妙な昂揚感と少しの罪悪感でそわそわと落ち着かないまま、わたしは早足で宿を抜け出しました。


          * * *


 雲一つない青空の下、わたしは行く宛てもなく大通りを散策します。商売のお供であるワゴンを宿に置いてきてしまい、その身軽さがどうにも手持無沙汰です。
 やめると言った以上、今日一日くらいは商人のお仕事をするわけにいかないのですよね……うう、天気が良くて客足も伸びそうなだけに無念です。
「ここにいたのかいファーニ、探したよ」
「あ、ネフィちゃん」
 ふと雑踏の中からかけられた声に、わたしは振り向きながら応えます。そこにいたのはネフィちゃんこと、僧侶のネフィリーズ・グレヴィリウスちゃんです。
 どうやらわたしを探してくれていたようですが……先程の嘘の後ですし、わたしはドキドキしながらネフィちゃんの様子をうかがいます。
「ネフィちゃんもお散歩ですか?」
「ちょっと買い物にね。もし時間があるならファーニも付き合ってくれないかい?」
「もちろんですとも! いかなる品物をお探しだろうとも、わたしの商人としての審美眼と鑑定眼でもってネフィちゃんに最高の商品を……おっとと」
 いけないいけない。さっき廃業宣言をしたばかりでした。ああでもせっかくネフィちゃんとのお買い物なのに、商人としての見解を述べられないなんて! 朝食にパン30個食べたとかもっとどうでもいい嘘にすれば良かったです。
 しかしネフィちゃんはわたしの言葉を受けて「商人……」と小さく呟くと、表情を曇らせてしまいます。
「そう、そのことでワタシはファーニに謝らなければいけないねぇ」
「え、急にどうしたのですか?」
「朝の、商人をやめるという話さ。転職のことをずっと悩んでいたんだろう? すまないねぇ、気付いて力になってやることもできなくて……」
「え、あ、いや、ええと」
「けれどファーニも水臭いじゃないか。突然言い出すくらい思い詰めていたのなら、もっと前からみんなに頼って……相談してくれても良かったんだよ」
「あ、あの、はい……ご、ごめんなさい」
 ど、ど、ど、どうしましょう。めちゃくちゃ心配かけてしまっています。ネフィちゃんの優しさにわたしの良心がズタボロです……!
 これはあまり引っ張らずにさらっとネタばらしをしたほうがいいのでは? そう思い、口を開きかけたところで、
「ああ、着いたね。ここのお店だよ。ほら、ファーニも早く入っておくれ」
 打って変わって明るい口調と笑顔で店を示すネフィちゃん。わたしは見上げたその店の看板を思わず読み上げてしまいました。
「転職を思い立ったあなたにオススメ、今日から使える初心者用武器防具専門店『ニュージョブ』?」


          * * *


「ふぬっ! お、重い……も、持てることは持てますが、こう、普段使ってない部分の筋肉が、悲鳴を上げ、上げて、ひぃ」
 わたしは今、何故か武器防具専門店の一角で、身の丈ほどもある大剣を構えるという事態に陥っています。確かにわたしは商品の運搬などで慣れている分、普通の女子に比べて多少、ほんのちょっとだけ、腕力はあるほうかもしれません。とはいえ戦闘訓練を受けているわけではありませんし、他ならぬネフィちゃんのお願いとはいえ、いきなり大剣を振り回すことなどとてもできそうにありません。
 このお店の商品である大剣に傷をつけたりしないよう、全身の筋肉を駆使して丁寧に、やっとのことで武器を床に下ろすと、安堵と脱力のため思わず息が漏れました。
「ぷはぁ! お、重かったです」
「お疲れ様、ファーニ」
 ネフィちゃんがぱちぱちと拍手をしながら感嘆の声を上げます。
「いや正直なところ、振りかぶって構えるところまで出来るとは思わなかったよ……ワタシじゃ剣を床から持ち上げることもできないからねぇ。さすがはファーニだよ」
「あ、ありがとうございます。でもネフィちゃん、どうして急にこんなことをさせたんです?」
 剣をお店の人に返し、もらったお水を飲みながら尋ねるわたしに、ネフィちゃんはにっこりと微笑んで答えます。
「ワタシ達のパーティは前衛が少々心細いからね。ファーニは腕力もあるし、商人の次、第二の人生に戦士なんてどうだろうかと思ってね?」
 あ、あれー!? ネフィちゃん、もしかしてわたしの嘘をわりと前向きに受け止めちゃってる感じですか!? いえ実はお店の名前を見た時からちょっと嫌な予感はしていたのですけれども!
「商人をやめるときは相談に乗ってやれなかったからねぇ……転職先の職業についてはワタシも一緒に考えさせて欲しいんだよ、ファーニ」
 真剣な声色とは裏腹に、ネフィちゃんはやけに楽しそうにニコニコと笑っています。気持ちはとっても嬉しいのですが、この話を続けさせては危険です! このままではわたし本当に戦士に転職することになっちゃいます!
「それとも心機一転して魔法を覚えてみるかい? ワタシとノアでみっちりじっくりと教え込んであげるから安心して、」
「あ、あー! ネフィちゃんわたしちょっと喉が渇いてしまって、水だけでは物足りないので! その話は後にしてどこか違うお店入りましょう!? ね!」
 わたしは大慌てでネフィちゃんの背中を押し、逃げるように店の外へと飛び出したのでした。


          * * *


「わっしょい! わっしょい! さー、えっさー!」
 大通りに出たわたしとネフィちゃんを景気のいい掛け声が出迎えます。何かのお祭りでしょうか? 明らかに聞き覚えのある声なのですが……。
「や、やっぱりアラくん? 何やってるんです?」
「あ、ファーちゃんにネーちゃん。やっほー!」
 声の主は旅仲間のアラくん。木細工師のアラケル・ラフィカくんです。太陽のような快活さでぶんぶんと手を振ると、先ほどの掛け声を再び響かせながらこちらへと向かってきます。近付くにつれ、アラくんが一人で御神輿のように、何か重たそうな物体を肩に担いで運んでいることに気付きました。そしてその重たそうな物体、どう見ても……ええと。
「アラくん、その、運んでいるそれはもしや」
「うん、ファーちゃんの愛用のワゴンだよ!」
「ですよねー! って、なんで持ってきちゃったんです? 宿のフロントに預けておいたのに」
 商品を積み込み、街から街へと運ぶ愛用のワゴン。実家のモフモ商店秘伝の技術で強度、収納、速度と三拍子揃って優れた謹製の一品で、わたしにとっては旅の始まりから苦楽を共にしてきた相棒のような存在です。
 そんな大事なワゴンを担いだままアラくんはじっとわたしの顔を見つめます。黙ったままのアラくんに助け舟を出すように、隣にいたネフィちゃんがそっと声をかけました。
「さっきファーニが部屋を出てからみんなで話し合ったんだよ。アラケルはファーニが商人をやめるなんて何かの間違いだって聞かなくてね」
「ア、アラくん……」
「おれ、ファーちゃんがずっとおしごと頑張ってきたの知ってるから。だから、やめるのなんておかしいよって……そう思って」
 俯くアラくんを前にわたしの心臓は罪悪感で捻じ切れそうです。ああ、わたしったらこんなに優しくて真っ直ぐな子になんて嘘を!
 わたしは決めました。もう終わりにすべきです。こんなに心配してもらえてわたしはなんて幸せ者なのでしょう。だからこそもうつまらない嘘は終わりにして、みんなに謝って怒られて、いつものわたしに戻るのです!
「あのアラくん。ネフィちゃんも、聞いてください。実は、」
「でも! 大丈夫だよファーちゃん!」
 決然と声を上げたアラくんにわたしの言葉はかき消されました。アラくんはネフィちゃんと目を見合わせ、そして力強く頷くと、
「ファーちゃんが商人じゃなくなるのは残念だけど、でもファーちゃんが決めたことならおれたちは信じて受け入れようって……考え直したんだ。それが仲間だって!」
「ア、アラくん! あの、気持ちはとっても嬉しいです! 嬉しいんですけどええと」
 でもあの受け入れられてしまうと、どちらかというとかなり困るので、ここはもう全然引き止めてくれて構わないんですよアラくん!
「それで、ファーちゃんが宿に帰ってきたとき、思い出いっぱいのワゴンを見たらきっと辛いだろうから……なら思い切って質に出して後腐れなくして、しかもそのお金で美味しいものでも食べようってみんなで決めて今運び出してきたところ」
「ちょ待ーーーっ!!」
「ちょま?」
 声を限りに制止の雄叫びを上げたわたしは、首を傾げるアラくんから大急ぎでワゴンを取り上げると、ドスンと地面に下ろします。
「た、確かにこのワゴンには商人としての思い出が詰まってます! でもほら、今後の旅路でも荷物を運ぶ機会なんてたくさんありますし、何よりワゴンに罪はないですから! 処分なんてしたらかわいそうですよ! だから思い止まりましょう!?」
「そっかー、わかった!」
 驚くほどあっさりと引き下がってくれたアラくんは、ぱあっと笑いながらワゴンに「良かったなー」と話しかけています。
 対照的にわたしは心身ともにボロボロです。嘘をつくのってこんなに疲れるし胃も心臓も痛くなるものなのですか……? 楽しげな街の方々は一体どれほどの強靭なメンタルを備えているのでしょう。どうやらこの風習はわたしには難しいみたいですし、こうなったらもう一人の仲間も見つけて、さっさとネタばらしを……。
「なんだお前ら一緒にいたんだな。探す手間が省けて助かったよ」
 そこへ現れた長身の影。わたし達のパーティの魔法使い、ノアくんことノア・ギムレットくんが通りの先に立っていました。……見知らぬ人物を引き連れて。


          * * *


 いつになく上機嫌なノアくんにわたしは不安と不審を隠しきれません。もやしっこのノアくんは、予定がなければ午前中は大抵部屋でごろごろと読書に耽っているのですが、今日に限ってやけに活き活きと張り切っている様子です。
「おや、ノアも散歩かい? 珍しいね」
「なあなあ坊ちゃん、一緒にいるおっちゃん誰?」
 ノアくんの横にいるのは恰幅も愛想もいい中年の男性です。ぺこりと会釈をされ、わたしも慌てて挨拶をしました。お会いしたことはないはずですが、クエストの依頼主さんでも見つけてきたのでしょうか?
「おい、狂戦士に転職したもふもふ」
「誰が狂戦士かつもふもふですか! わたしは商……ええと、今現在はただのフリーターのモフモです! それで、こちらのお方は?」
「ああ、ちゃんとみんなに紹介するから心配するなって」
 それはもう楽しそうなニヤニヤ笑いのノアくん。胡散臭すぎます。わたしがたまりかねて問い質そうとしたところ、
「これからこのおっさんも新しいパーティメンバーとしてやってくわけだからな。特にお前はちゃんと挨拶しとけよ、引き継ぎとかあるだろうし」
「へ? 引き継ぎって……」
 わたしが聞くより前にノアくんが先手を打ってきました。意味がわからずにぽかんとするわたしを置いて、ネフィちゃんとアラくんが期待に満ちた声でノアくんに尋ねます。
「新しいパーティメンバーということは、見つかったのかい? ノア」
「おお、すごいぞ坊ちゃん! こういう悪巧みだけは行動早いな!」
「一言余計だぞアラ! この僕が午前中から駆け回って探してきてやったんだから、感謝しろよ皆の者」
「え、え? 皆さん何の話をしてるんです?」
 ネフィちゃんもアラくんも、ノアくんが連れてきた男性に心当たりがあるようです。わたしが部屋を出た後に、何かしら話し合って決まったことなのでしょうか? 新しいメンバー……? ま、まさかもしやそんな。
 わたしがおそるおそるノアくんの顔を見上げると、待ってましたとばかりにノアくんは声を張り上げ、
「そう、何を隠そうこのおっさんが、今日から僕達の新しい商人だ!」
「んなーーーっ!?」
 もたらされた衝撃の事実。そして更に衝撃なのは、ネフィちゃんもアラくんも拍手喝采で新しい商人のおじ様を迎えていることです。い、一体何が起こっているんです?
 おじ様に握手を求められ、わたしは放心状態のままシェイクハンドに応じます。手ではなくむしろ脳がシェイクされているかのように、視界がぐるーんと揺らめいて回転して、ちょうど一周したところでわたしはやっと我に返りました。
「ど、どういうことですか! 新しい商人なんて、わたし聞いてないですよ!」
 呆けている場合ではありません。このままではわたし、商人に戻れなくなっちゃいます! 食ってかかるわたしに、ノアくんはふふんと得意げに説明します。
「もふもふが狂戦士に転職すれば、確かに後衛の僕の安全面は強化される。けど、やっぱり商人もいないと経済的に不安だろ? 戦闘だけやってれば旅が出来るってわけじゃないからな」
「おっとここでまさかの正論!?  商人の重要さをちゃんとわかってるなら、もっと早くに言ってくださいわたしに!」
「大切なものは失って初めて気付くものなんだよ、ファーニ……」
「そ、そんな、ネフィちゃんまでノアくんの味方を!? 大体なんで今回に限ってこんなに行動が早いんですか! ノアくんいつもは部屋から出たがらないくせに!」
「あ、おれ知ってるよ。嘘は午前ちゅ」
「おっと、そこまでだアラ。さーて、もふもふさんの質問にも答えたし、そろそろ速やかに商人業務の引き継ぎといこうじゃないか」
 ノアくんに促され、中年のおじ様は持参していたエプロンをきゅっと腰に巻くと歩みを進めます。その先にあるのは……わたしの愛用のワゴン!
「ち、ちょっと待ってください!」
「あれ、ファーちゃん。商人やめるのをやめるのか?」
「や、やめ……ええと」
「何か言いたいことがあるなら素直に話してごらん。ファーニ」
 気遣うようなネフィちゃんの優しい声に、わたしは勇気をもらいます。そう、突然の展開でうやむやになっていましたが、ノアくんを見つけたらみんなにネタばらしをすると決めていたのです! わたしは意を決して口を開き、
「あの、朝の話ですけど、実は……」
「実は嘘でした、なんて言わないよなあ、もふもふ」
「ぐぬっ」
 出鼻を挫かれるとは正にこのこと。反射的に言葉に詰まってしまいます。
「もういいだろうノア。あまり意地悪をお言いでないよ」
「だってー、せっかくこんな面白いことになってるんだし」
 ネフィちゃんに注意をされてもノアくんはどこ吹く風で口笛なんぞ吹いています。まったく腹立たしい。いえ、わたしはノアくんなど気にせず、さっさと言うべきことを伝えてしまわないと。しかしここで動いたのは、意外にもアラくんでした。
「そっか……商人やめるのやめないなら仕方ないよな」
 少し悲しげにそう言うとアラくんはワゴンをトン、と手で軽く押します。車輪が転がりワゴンはおじ様のほうへ、わたしから遠ざかっていきます。モフモ商店の商人として、そしてみんなの商人として、一生懸命やりくりしながら蓄えた貯金、たまにぱーっと贅沢に散財して、またゼロからみんなでお金を稼いで……そんな楽しかった日々、わたしの大事な日常が遠ざかって――。
「だ、駄目です!」
 わたしはワゴンに駆け寄り、おじ様が手を伸ばすよりも先にハンドルを掴んで引き止めました。重量級のワゴンに、ずざざと靴底が引きずられましたが、それでもわたしは踏ん張ります。


「このパーティの商人はわたしです! 絶対に、わたしなんですからー!!」


 心の底から振り絞ったようなわたしの叫びに、場は一瞬水を打ったように静まり返りました。そして次の瞬間。
 パァン! パパパン!
 周囲から聞こえる謎の破裂音。え、何事です? と顔を上げるわたしの目の前には、降り注ぐ紙吹雪。その向こうにクラッカーを鳴らす仲間と街の人達の姿。みんな一様に笑顔です。や、やっぱり何事です?
 事態が飲みこめず、おろおろと周囲を見回すわたしに、おじ様は白い歯を光らせた爽やかな笑顔でぐっとサムズアップをすると、颯爽と去って行かれました。続いて、アラくんがどこからか取り出した木の板の看板に、凄まじい速さで何かを彫り込んで、くるっとこちらに見せてきます。ええと、何々……?
「ド、ッ、キ、リ、大成功……?」
 ドッキリ大成功。その言葉の意味するところは。
「すまないねぇファーニ。アンタがあれだけ頑張って嘘をついたのだから、こちらも全力で応えようと思ったのだけど……ちょっとやりすぎてしまったかい?」
「もうー、ファーちゃんが頑固なおかげで、おれのほうがハラハラしちゃったよ」
 朗らかに笑い合うネフィちゃんとアラくん。後ろでお腹を抱えて笑い転げているノアくん。真っ白になった頭がじわじわと現状を認識していきます。ドッキリということは、わたしの嘘が逆手に取られていたということです? で、でもそれはおかしいです。困惑を疑問としてわたしはみんなにぶつけます。
「わ、わたしの嘘は完璧だったはずです! みんなもびっくりしてたじゃないですか!」
 そう、わたしが廃業宣言をした後のあの神妙な雰囲気。あの時点でわたしは成功を確信していました。バレていなかったはずなのです。
「そりゃまあ、びっくりはしたけど。なあ、ネフィ?」
 あっけらかんとわたしの言葉を肯定すると、笑い疲れて目に涙をためたノアくんが、ネフィちゃんに同意を求めるように視線を送ります。
「ああ、そうだね。まさかとは思ったけどねぇ、アラケル?」
 そしてネフィちゃんからアラくんへ話が振られます。バトンを受け取ったアラくんは、えっへんと聞こえてきそうなほど得意げな顔で、
「うん、だってファーちゃんはおしごと大好きだもんな! やめるわけないよ!」
……そんな、満面の笑顔で言われてしまっては、わたしも納得するしかないじゃないですか。
「じゃあ、すぐに嘘だと見抜いたってことですか?」
「街に出て様子をうかがえば、今日が『そういう日』だとはすぐに気付いたしねぇ」
「では先ほどの、新しい商人になるというおじ様は……?」
「ああ、あのおっさんはエキストラ。大掛かりな仕込みには、ああやってサクラを雇って一芝居打ってもらうんだと」
「つ、つまり、最初から騙されていたのはわたしのほうだったんです……? 戦士への転職も、ワゴンの質入れも、エキストラのおじ様も……」
 わたしはゆっくりと仲間達の顔を見回します。その表情が質問の答えを雄弁に語っていました。少し申し訳なさそうに苦笑するネフィちゃん、両手を顔の前で合わせて「ごめんな?」と首を傾げるアラくん、そして最後に、

「はーっはっはっは! もふもふ如きが僕達を騙そうだなんて、百億年早いんだよ!」
「くぅあーーー!」


 ノアくんの高笑いを前に、わたしは膝から崩れ落ちました。
 わ、わたしの……完敗、です。


          * * *


 太陽はもう空の中心まで高く昇っています。暖かな陽射しが照らす石畳の上を、わたしは愛用のワゴンをごろごろ転がしながら歩いていきます。この手に馴染んだ重さと振動はわたしを安心させてくれますね。安心したらなんだかお腹がすいてきちゃいました。
「びっくりさせちゃってごめんな、ファーちゃん」
 先程、崩れ落ちてから復活するまでにしばし時間がかかったせいか、アラくんが心配して声をかけてくれます。もちろんアラくんは何も悪くありません。
「いえ、いいんですよ。そもそも先に仕掛けたのはわたしですし……お詫びといってはなんですが、お昼はちょっと奮発しちゃいましょうか」
「やったー! 肉と魚と野菜たべる!」
「おお、もふもふのくせに気前がいいな! フルコース食べよう」
「ノリノリで人を陥れようとしたノアくんは黙っててください」
 つい先刻の悔しさもあって、ノアくんの申し出はぴしゃりと跳ねのけます。奮発=フルコースってどれだけ極端な金銭感覚なんですか!
「でも、先に仕掛けたのはもふもふのほうだって自分で言ったよな? 大体、長続きするわけない嘘をチョイスするのが悪い」
「あ、あれ以上にみんなを驚かせられる嘘が思いつかなかったんです! もう嘘なんてこりごりですし、この話は終わりですからね!」
 放っておくといつまでもこのネタでいじられそうなので、わたしはノアくんを睨みつけて話題を打ち切ります。
 やはり『お客様には常に誠実な対応を!』という我がモフモ商店のモットーは正しかったのです。わたしはこれからも清く正しく商売道を歩んでいくことをここに誓います!
「でもファーニの本心が聞けたのは嬉しかったねぇ。モフモ商店の商人としてだけじゃなく……ワタシ達のパーティの商人でいたいと思ってくれていたんだろう?」
「ネ、ネフィちゃんまでまだ話を引っ張るんです!? 本当にやめましょう、もう!」
 今度は照れくささから会話を切り上げます。まあ、その、追い詰められた時に出てしまった本音なのは今更否定のしようもないのですが。
 発端が自分とはいえ、さんざんな騒動でした。でもわたしも一つだけ良かったことがあります。わたしもみんなが、商人をやめるわけがない、とすぐに嘘を見破ってくれたこと……内心、けっこう嬉しかったのです。
 嘘があったからこそ本当の気持ちが見えたなんて、不思議だけれどちょっと素敵です。
 『エイプリルフール』で嘘をつくのは午前中だけ、という慣習があるらしく、昼時を迎えたことで街のお祭り騒ぎも少しずつ収束し、だんだんといつもの日常に戻っていくのでしょう。
 わたし達もお昼ご飯を食べてお腹と心を満たしたら、いつも通りの日常を再開しましょう。
「天気が良くて客足も伸びそうですからね。午前中働けなかった分、午後からはいつもの倍の売上目指して頑張りますよ!」


 今日もモフモ商店、開店です!



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