ハロウィン狂想曲
秋の夜長に祭の狂騒。
人が異形に扮する夜なれば、今宵は満月。逆もまた――。
* * *
「よっ……と、到着です!」
わたしはワゴンを押す手を止めて、『ハロイの村』と書かれた門を感慨深く見上げました。
時刻は夕暮れ。太陽は山の端に隠れ、空は赤から青へ刻々と色を変えていきます。それでもまだ明るく感じるのは、向かいの空に昇りはじめた大きな満月のおかげでしょう。
「おれ、一番乗りー!」
そんなわたしの横を風のように駆け抜けていく少年の姿。一緒に旅をしている仲間の、アラくんことアラケル・ラフィカくんです。小さな背丈に釣り合わない大きなリュックを背負っていますが、そんなものおかまいなしとばかりに元気いっぱいです。
「やれやれ、けっこう遅くなってしまったねぇ」
後ろから聞こえた穏やかな声にわたしは振り返りました。手に長い杖を持ち、ゆったりとこちらに歩いてくるのは、同じく旅仲間のネフィちゃんことネフィリーズ・グレヴィリウスちゃんです。
「だが夜までという指定には間に合ったね」
「はい! 急ぎの依頼でしたけどギリギリセーフです!」
ワゴンにどでんと納まった『注文品』を確認し、依頼の達成を確信し、思わずにんまりと笑みが浮かびます。鮮やかなオレンジ色のつやつやとした重量感のある球体。
「特大かぼちゃの運搬! 後は商品を道具屋さんにお届けすればミッションコンプリートです!」
長い山道、かぼちゃを積んだワゴンを押して歩くのは骨が折れましたが、それもこれも商品を待っているお客様のため! そして何より報酬金のため!
このかぼちゃ、大きいだけでなくかなりの上物です。これは追加報酬も期待できるかもしれないです……!
「……ファーニ、アンタ目が
「はっ!」
い、いけません。儲け分のことを考えるとついトリップしてしまいます。職業柄、仕方のないことなのですが……。
では改めてご挨拶を。わたくし、旅がてら商いを営んでおります、ファーニ・モフモという者です。我がモフモ商店は食料から武器、消耗品まで手広く取り扱っておりますので、ご入用の際にはぜひ! 愛用のワゴンに商品を積んでどこへでも駆けつけますとも!
――と、今は愛用のワゴンに積んでいるのはかぼちゃでしたが。
「……ところでノアは大丈夫かい?」
あ、そういえば仲間の最後の一人、魔法使いのノアくんことノア・ギムレットくんの姿がまだ見えません。一足先に村を見て回っていたアラくんがひょいっと門から顔を覗かせました。
「坊ちゃん体力ないからなー。山道で参っちゃったかな」
「今日は荷物も多かったしねぇ」
「そうですね、もう夜も遅いし心配ではあります……が」
ちらりとわたしはワゴンのかぼちゃに目を落としました。
「ここで全員で待ってるのもなんですし、先にかぼちゃを届けて報奨金……」
「ち、ちょっと待てぇ! もふもふ!」
わたしの言葉を遮る必死の声。どうやら話題のノアくんが到着したようです。お酒は飲んでいないはずですが、まるで千鳥足のようにふらふらと……ああ、背中の大きなリュックのせいですね。アラくんが全く意に介さず走り回っているのでうっかりしてましたが、けっこう重いですものね、あれ。
ところでわたしの名前はモフモであって、もふもふではないのです。
「ではノアくんも無事到着しましたし、早速参りましょう!」
「ちょ……待っ……お、置いて……きゅう」
わたしたちが村の門をくぐるのと、ノアくんがついに力尽きるのはほぼ同時でした。
「ノアくん! 倒れてもいいですけど、商品は壊さないでくださいね!」
現在ワゴンにはかぼちゃが積んであります。本来そこに入っていた大事な商品たちはアラくんとノアくんに手分けして運んでもらっていたのです。
ただ体力のないノアくんにはけっこうな重労働だったらしく、大きなリュックに押しつぶされてかたつむりのようになっています。
「僕より商品の心配かよ! 薄情者ぉお!」
「ノアくんの心配もちゃんとしてますよ! ただ優先度の問題です」
「坊ちゃんは新しいとこ着く度に倒れてるから、珍しくもないもんな!」
冷たく聞こえるかもしれませんが、わたしもアラくんも、ノアくんにもっと体力をつけて欲しいと思い、心を鬼にして言っているのです。たぶん。もちろん。体力さえつけば「ふかふかのベッドじゃなきゃ疲れが取れない!」とか言い出して、お高い宿を選ばざるをえない状況も減ると思いますし……ね?
「ほらノア、後で治癒してやるからもうちょっと頑張りな」
「うう、僕の味方はネフィだけだ」
みんなでノアくんを助け起こす最中、ネフィちゃんがかけた優しい一言にノアくんが感激しています。ええわかります、その気持ち。ネフィちゃんのあの柔らかい微笑み、そして情に溢れたお言葉。どう見ても天使です。
さて、心が浄化されたところで、一先ず荷物を置くために宿を探すこととなりました。
と、そこへ――。
「トリックオアトリート!」
「ひゃあ!」
突然暗がりから小さな影が飛びかかってきました! しかも謎の呪文を叫びながら。
「む、村の入り口で待ち伏せとは罠です!? ええと、聖水入りの霧吹きは……」
「ちょっと落ち着きなファーニ。罠でも待ち伏せでもないから相手をよく見てごらん」
くすくすと笑いながら指摘するネフィちゃんの声。よく見ると白い布をかぶった赤い目の女の子が両手をこちらに差し出しています。
「トリックオアトリート!」
もう一度謎の呪文。ええと、これはどうすればいいんでしょう?
「いたずらかお菓子か、だよ。モンスターに仮装してお菓子を分けてもらうお祭りさ。今日がその日だったんだねぇ」
そういえばこのかぼちゃもお祭りで使うものと聞いていました。なるほど、今日が当日なら急ぎというのも頷けます。
仮装……真っ白な布をかぶったこの子はゴーストに扮しているのでしょうか?
「ファーニ、何かお菓子を持っていないのかい?」
「お菓子です? ええと……確かクッキーが」
「クッキー! おいら甘いもの大好き!」
お菓子を待ちわびる女の子が歓喜の声をあげます。……ん? 今の声は女の子にしては妙に甲高いダミ声だったような。
「あ、おやつにアラくんと食べちゃったんでした」
「ケケッ、なんだいケチンボ! お菓子をくれないんなら……よーし、覚えとけよ!」
ぽんっ! と女の子の姿が煙にかき消えます。そして向こうに飛んでいく白いゴーストの影……仮装ではなく本物のゴーストに見えたのですが今のは。
「……ゴーストって甘いもの食べるんでしょうか?」
「ん? さっきの子は行ってしまったのかい?」
「あ、はいネフィちゃん。ぴゅーっといなくなっちゃいました」
ここでふと思い出します――いたずらかお菓子か。
「あ、あの……つかぬことを伺いますネフィちゃん。お菓子を納品できなかった場合はどんなペナルティがあるんです?」
「ああ、そいつは……」
ネフィちゃんはすっと口元に指を立て、いたずらっぽく微笑みながら、
「……いたずらされちまうかもねぇ」
はい、ネフィちゃんの小悪魔スマイルいただきました!
プライスレス!
* * *
「ところでアラくん、かぼちゃを納品するお店って……あら?」
ふと振り向くと隣を歩いていたはずのアラくんがいません。
あの後、荷物を置きに宿に入り、力尽きたノアくんをネフィちゃんが介抱することになりました。その間にわたしとアラくんで、この巨大かぼちゃを依頼した道具屋に届けに行く途中だったのです……が。
「な、なんだか霧が深くなってきましたね。はぐれちゃったでしょうか?」
今夜はお祭り。もう遅い時間にも関わらず仮装した村の人たちと何度も出会ってはお菓子の応酬をしました。なのに、今はアラくんだけでなく村の人たちの姿も見あたりません。
霧の中、空にはぽっかりと満月が浮かんでいます。なんだか不気味です。
「こっちこっち、こっちだよ!」
突然、前方から声がしました。ワゴンを押しながらそちらへ向かうとアラくんが手を振っています。わたしはほっと息をつきました。
「アラくん! はぐれちゃったかと思いましたよー。霧が濃くなってきたので、気をつけて進みましょう」
「ケケッ、大丈夫大丈夫! こっちこっち!」
アラくんはわたしの姿を確認すると、すぐに背を向け、スキップするような軽い足取りでどこかに行ってしまいます。小さな背中は少しでも離れると霧に隠れてしまいそうで、わたしはあわてて追いかけました。
「アラくん、お店の場所わかるんです?」
「うん、任せといてよ! ケケッ!」
……正直なんだかおかしい気はしましたが、立ち止まっていても仕方ありません。わたしはアラくんについて進んで行きました。もしかしたら野生の勘でお店の場所がわかったのかもしれません。アラくんの動物的本能には日頃からお世話になっていますから。主に食料調達の場面で。
やがて霧の中から壁とドアが現れました。たぶんお店の入り口なのでしょう。霧のせいで建物の全景が見えません。ペンキの剥がれかけた白い壁は、どこかで見た気もするのですが……。
「着いたよ! ささ入って入って」
急かすアラくんの目が一瞬赤く見えたのは気のせいでしょうか?
ノブを回すとキィと音を立ててドアが開きました。でも中は暗く、人がいるようには見えません。
「……お店の方、ご不在でしょうか? アラくん、店の前で待たせてもらいましょう」
「ほんとに? ほんとに誰もいない? もっと奥を見てきてよ」
「ううん、一商人として他所様のお店に無断で踏み込むのは気が引けるのですが……」
部屋を明るくするくらいはいいでしょうか。わたしは一歩、二歩と店内に踏み入り、明かりを探します。床も古いのでしょう。進むごとにきしきしと鳴っています。
テーブルの上のランプに火を灯すと、やっと店内が明るくなりました。
「そういえばアラくん、さっきからなんだか声がガラガラして変ですね? 用意したお菓子の中にのど飴があったので、よかったら……」
わたしは驚きました。お菓子の袋を手に振り返った先にアラくんはいません。そして代わりにいたのは――、
「ノ、ノアくん? 体調は回復したんです?」
そう、宿で休んでいるはずのノアくんが、満月の光の下でにぃと笑みを浮かべているのでした。
* * *
これはおかしい。明らかな異常事態が続いています。
何故かピンピンとしているノアくんは「このかぼちゃを運ぶんだろ? 手伝ってやるぜ、ケケッ」といつもと違うガラガラ声で言うなり、ワゴンから巨大かぼちゃをひょいっと持ち上げたのです! そして平然と肩にかつぎ上げ、店の奥へ歩いていきました。
あのもやしっこのノアくんが!
特大重量級のかぼちゃをひょいっと!
天と地がひっくりかえってもありえない光景です。
わたしはたっと入り口に駆け寄り、ワゴンの奥に忍ばせておいた魔除けの聖水入りの霧吹きを取り出しました。そして霧吹きを後ろ手に、店の奥へと向かいます。
改めて明るくなった店内を見回すと、きちんと並んだテーブルと椅子が数セット、その先にカウンターと二階への階段が。やっぱりどこかで見た気がするのですが、それはさておき、確実なのはここが道具屋ではないということです。道具屋に並んでいるべき『売り物』が一つも見当たらないからです。
奥の部屋は厨房のようです。調理台の上に鎮座するは巨大かぼちゃ。かまどに火が入っているのはノアくんの仕業でしょうか?
壁を背にしながら、わたしは慎重に厨房へと足を踏み入れます。
「ノアくん、お店の台所を勝手に使っては怒られますよ?」
探るように声をかけると、木の椅子に腰掛けたノアくんがにたりと笑いながら顔を上げます。ノアくんの目は元々赤いはずですが、こんなに怪しく光っていたでしょうか?
「勝手に? 違う違う! 頼まれたんだよ! このかぼちゃをくりぬいて、甘ーく煮詰めて、美味しい美味しいケーキにしてくれってな! ケケッ」
なんでしょう。
ノアくんにこういう人を小馬鹿にしたような笑い方をされると、無性に、非常に腹が立ちます。ゆらゆらともたれているその椅子の後ろ足を蹴っ飛ばしてやりましょうか。
ですがここはぐっと我慢。わたしは毅然とその申し出を突っぱねます。
「それはいたしかねます! わたしたちが受けた依頼はあくまで対象物の納品です。加工が必要なら、依頼を完了した後に再度改めて……」
「堅いこと言わない言わない! ホラ、その依頼のヤツに伝言で頼まれたんだって! だから早く作れよ、おいらの大好きな甘ーいケーキ!」
「だーめーでーす!」
あくまで拒絶するわたしの態度にノアくんはむすっと不満げな顔をしますが、何かを思いついたのか、再びいたずらな笑みを浮かべました。
「わぁーかった! おまえ料理できないんだろ! できないから文句ばっか言うんだろ! やーい、女のくせに料理オンチー!!」
ピシリと。
お聞きいただけたでしょうか。この、乙女のプライドにひびが入った決定的な音が。
「……今、なんて言ったんです?」
「ひっ!」
料理オンチ味オンチと囃し立てていたノアくんの動きがぴたりと止まります。おろおろと挙動不審に逃げ場を探しているようです。
わたしはそんなノアくんの肩をがしりと掴みました。
「ひえぇっ!」
「……料理オンチで掃除洗濯裁縫もダメダメな典型的家事ができない女とかおっしゃいました……?」
「そ、そこまでは言ってな……」
「いいでしょう、それならわたしも黙っているわけにはいきません」
ノアくんににっこりと微笑みかけます。その意味するところを察したのか、ノアくんも少し余裕を取り戻したのでしょう。決死の挑発をしかけてきます。
「あ、つ、作ってくれるの? な、ならせいぜい砂糖と塩を間違えないように気を付けるるんだな……」
「言われずとも!!」
だんっ! と力任せに叩きつけた霧吹きの衝撃でテーブルが跳ねました。霧吹きの容器が砕けると共に、中の聖水も飛散しました。ついでに取り戻したノアくんの余裕も粉砕したようです。再び怯えきった様子で赤い目をちかちか点滅させています。もう涙目です。
「常日頃からもふもふもふもふとバカにして! いい機会です! 将来モフモ商店を背負って立つこのわたしの女子力! とくとご覧にいれましょう!!」
「う、うわぁーん! お、おいら、もふもふなんて言ってないよ!」
ノアくんがぽんっと煙に溶け、白い影が一目散に逃げていくのを視界の端で確認しましたが、そんなことはもうどうでもいいんです。わたしは厨房の棚から大振りの包丁を引き抜くとふんぬと調理台のかぼちゃを床に下ろし、片足を乗せるとその頑強なる硬皮に戦いを挑みました。
それは正に、乙女の意地と誇りをかけた戦いでした。
仕方がなかったのです。
確かにこのとき、かぼちゃが大事な依頼品であることも、ノアくんの怪しい挙動のことも、わたしの頭からは露と消えていました。ですが、一体誰がわたしを責められましょう。
どうしようもなかったのです。
……はい、本当にすみませんでした。かぼちゃのケーキは我ながらなかなかの出来だったと自負しております。
* * *
「……我に返ったときは、本当に血の気が引きました」
「それについてはこっちも同意見だねぇ……」
納品物のかぼちゃ……のなれの果てを道具屋に届けた帰り道。そこかしこに飾られたランタンの華やかな光も今はなんだか遠くに見えます。
後の祭りと、祭りの後ではずいぶん意味も語感も違うものですよね……と、誰にともなく呟きながら、わたしは長々と溜息を吐き出しました。
わたしはあの後、物音に気付いて厨房を調べにきた本物のノアくんに発見されました。無心でかぼちゃケーキのデコレーションをしている最中だったとのことです。
わたしがいた場所は宿屋の厨房だったのです。つまり、わたしとアラくんは宿屋から道具屋に出発したものの、霧とゴーストに惑わされ、わたしは一人元来た道を引き返していたのでした。どうりで見覚えがある建物だったわけです。
宿の店主がお祭りの用事で店を空け、ネフィちゃんがその手伝いで同行したため、二階で一人休んでいた本物のノアくんが厨房の異変に気付いたのです。当然ノアくんは黙々と依頼品のかぼちゃを調理するわたしを止めようとしました。
ですがわたしから見れば、ノアくんにケーキを作れとさんざん煽られた挙句、今度はやめろバカ何考えてるんだと止められたのですから、一体なんなんですかー! と怒りが爆発しても何ら不思議はなかったのです。……なかった、ですよね?
いえ、はい、焼きたてのケーキを一つ、ノアくんの顔面にお見舞いしたことについては、とても反省しています。食べ物を粗末にするなんてあってはならないことですよね。後ほどみんなで美味しくいただきましたのでご安心ください。
あ、ノアくんの鼻の頭にちょこっと火傷させてしまったこともちゃんと反省しております。ネフィちゃんが魔法で治してくれましたのでご安心ください。
かくして厨房でのてんやわんやは、用事を済ませて帰ってきた宿の店主とネフィちゃん、そしてわたしがはぐれたことに気付いて戻ってきたアラくんの手によって、強制的に幕を下ろしたのでした……。
道具屋から宿に戻ったわたしは、ロビーの椅子に腰かけ、かぼちゃのケーキをフォークでつつきながら、またも溜息を零しました。その様子を見たネフィちゃんが困ったように笑いかけます。
「まあまあ、そんなに落ち込むこともないだろう? 祭に浮かれたゴーストにちょっといたずらされてしまっただけさ。結果的にはうまくいったとも言えるんだしねぇ」
「おれはかぼちゃ食えたし大満足だな!」
ケーキを頬張りながらアラくんも励ましてくれます。
「それはまあ、そうなんですが……」
かぼちゃについては、結論から言うとお咎めなしでした。
そもそも中をくりぬいてランタンにする予定だったそうで、手間が省けて助かったと追加報酬までいただいてしまいました。かぼちゃのケーキも村の皆さんに振る舞われたそうです。それ自体はとても喜ばしいことなのですが。
「あの赤目お化けにうまいこと乗せられたのが悔しいです! 依頼品を指定の状態でお届けできなかったことも、商人としてあるまじきことですし!」
わたしは腹立ちまぎれにフォークをケーキにぶすっと突き刺すと、そのまま一気に食らいつきます。
「ほう、ひょんろひっしゃい……もう今後一切、ノアくんの発言は疑うことにします!」
「なんで! 今回、僕は完全に被害者だろ!?」
ガタンと椅子から立ち上がり、抗議の声を上げるノアくん。まあわたしも八つ当たりなのは理解してますが、それでも物申したいことはあるのです。
「ノアくんの日頃の行いが悪いせいです!」
「横暴だ! 冤罪だ! あのゴーストと僕は無関係だ!」
「ほーう、ならノアくんはわたしのことを家事オンチだなんて言いませんよね? なら、ケーキにまったく口をつけてないのは何故なんです?」
「うぐっ! そ、それは……」
ノアくんは椅子に座り直し、気まずそうに目をそらしながら、
「ほ、ほら僕、育ちがいいし舌も胃袋も繊細だから……もふもふの手料理とかなんか恐ろしいし」
などとのたまいやがりました。
「言うに事欠いて、恐ろしいとはなんですかー!」
「えー、坊ちゃん食わないの? ファーちゃんのケーキ、思ったより普通にうまいのに」
「ア、アラくん! 思ったよりも普通にも余計です!」
アラくんはひょいと手を伸ばすとノアくんの皿からケーキをつまんで口へと放り込みました。もぐもぐと美味しそうに食べる顔を見ていると、なんだかノアくんに怒る気も失せてしまいます。
「アンタたち、祭の夜だからって騒ぐのも程ほどにね。ファーニ、ケーキごちそうさま。美味しかったよ」
「ううう、ネフィちゃぁーん」
そして心に潤いをもたらすこのお言葉。やっぱりネフィちゃんは女神のようなお方です。もう大好きです!
「ところで宿の主人がワタシたちの分の祭の衣装を用立ててくれてね。せっかくだし仮装して出かけてみないかい?」
「えっ! わたしたちもお祭りに参加できるんです?」
すれ違った村の女の子たちが、魔女や吸血鬼のかわいい仮装で歩いているのを見て、実はわたしもちょっと気になっていたのです。
「てことは、おれもお菓子もらえるってこと? やったー! トリックオアトリート!」
「えぇ……昼間、歩き通しで疲れたからもう寝たい……」
ネフィちゃんと宿の店主の思わぬ計らいに三者三様の反応でしたが、結局全員で着替えてお祭りに行くことになりました。ええ、強制ですよノアくん。
ゴーストに対しては腹を立てていましたが、こうして自分もモンスターに扮してみると、いたずらをしたくなる気持ちもちょっとわかってしまう……かもしれません。あのゴーストも人に化けて、一緒にお祭りを楽しみたかったのでしょうか。
ふと思い立ち、わたしは道沿いの切り株の上にかぼちゃのケーキといくつかの飴を並べて置きました。
「……いたずらと甘いものが大好きな赤目のゴーストさん。遅くなりましたけどお菓子をご用意しました。これでもういたずらはなしですからね!」
聞こえているのかいないのか、先ほどだいぶ怖がらせてしまったせいか、白い影は姿を現しません。
わたしは諦めて先を行くみんなを追いかけました。すると、ひゅうっと吹き抜ける風に混じって、あのダミ声の笑いが聞こえたような。
振り返ると、切り株の上のお菓子はきれいに消えていました。
そして「にぎゃーーーーー!!」という悲痛な叫び声。
「……今、悲鳴のような声が聞こえた気がするけど、ファーニ、アンタ何かしたのかい?」
ネフィちゃんの問いかけにわたしはにんまりと、それこそあのゴーストのように笑いました。企みが成功するのがこんなに楽しいだなんて。
「ふふ、ちょっとしたいたずらです!」
甘ーいかぼちゃケーキに添えた激辛塩味の飴。
いたずらゴーストへのささやかなお返しです。
前の話へ | 小説へ戻る | 次の話へ |
---|